UTUTU PROJECT

のこす・活かす・伝える

DIGITAL FIELDWORK / 01

尾張OWARI

現在の愛知県西部
一宮から、尾張を巡る。

市街地、城、河川、港を広く描いた名古屋市の鳥瞰図
吉田初三郎「名古屋市鳥瞰圖」1936年 / 画像の出典

ABOUT OWARI

木曽川から、伊勢湾へ。

尾張は、木曽川の流れる濃尾平野と伊勢湾に面した、現在の愛知県西部に広がる地域です。川や街道を通じて人とものが行き交い、集落、古墳、寺社、城下町が形づくられてきました。

一宮を起点に、土器や石棺、渡船場の跡、繊維産業を伝える煙突へ。地域にのこるものを3Dで観察しながら、暮らしとものづくりが重なってきた時間をたどります。

尾張の3D資料

7 RECORDS / SELECT TO EXPLORE

COLLECTION / TIMELINE

尾張の時間と、のこるもの。

スクロール、または時代を選んで。
風景とともにたどり、気になる形から3D資料へ。

01

原始

旧石器・縄文・弥生 / 旧石器時代〜3世紀ごろ

自然とともに暮らす生活から、米づくりの村へ。土器の形や模様に、暮らしと表現の工夫がのこります。

弥生式土器の3D記録3D ARCHIVE / 01

弥生式土器

弥生時代後期 / 一宮市

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原始の歴史・背景を読む

尾張には、旧石器時代から人々が暮らしていました。縄文時代の人々は、木の実を集めたり、動物や魚をとったりして生活し、土器を使いました。

弥生時代になると、伊勢湾沿岸にも米づくりが広がります。村が大きくなり、道具づくりやほかの地域との交流も進みました。土器の形や模様から、当時の暮らしや表現の工夫が見えてきます。

弥生時代
朝日遺跡の大きな村現在の清須市・名古屋市にまたがる集落。村を囲むほりや、ものづくりの跡が見つかっています。
弥生時代後期
美しく飾られた土器伊勢湾周辺では、細かな線と赤い彩色を組み合わせた「パレススタイル土器」が作られました。
この時代の出典・参考資料

02

古代

古墳・飛鳥・奈良・平安 / 3世紀ごろ〜12世紀末

各地に大きな古墳が築かれ、やがて尾張国が形になります。石室や石棺は、当時の技術と地域のつながりを伝えます。

岩塚古墳・石棺の3D記録3D ARCHIVE / 02

岩塚古墳・石棺

古墳時代後期 / 一宮市

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七つ石(剣研石)の3D記録3D ARCHIVE / 03

七つ石(剣研石)

史跡・古代にまつわる伝承 / 一宮市

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酒見神社・磐船の3D記録3D ARCHIVE / 04

酒見神社・磐船

社寺・酒造の伝承 / 一宮市

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七つ石・酒見神社の磐船は、古代に関わる伝承からたどる資料です。石そのものの制作年代を示す分類ではありません。

古代の歴史・背景を読む

地域を治める有力者たちは、ヤマトの政権とつながりを持ち、大きな墓である古墳を築きました。尾張でも、墓の形や一緒に納めた品々から、その力や交流の広がりを知ることができます。

やがて、法律に基づいて全国を治める仕組みが整うと、尾張は「尾張国」という行政の地域になります。今の稲沢市には、政治の中心となる国府こくふが置かれ、国分寺・国分尼寺も建てられました。

4〜6世紀ごろ
各地に築かれる古墳犬山の東之宮古墳、名古屋の断夫山古墳など、尾張の各地に有力者の墓がのこります。
奈良時代
稲沢が政治・文化の中心に741年、全国に国分寺を建てるよう命令が出されます。尾張国分寺跡も、当時の国づくりを伝えます。
この時代の出典・参考資料

03

中世

鎌倉・南北朝・室町・戦国 / 12世紀末〜16世紀後半ごろ

武士が土地と政治を担う時代へ。尾張では織田氏が力を持ち、信長は清須を拠点に勢力を広げます。

この時代の3D資料は準備中です。

中世の歴史・背景を読む

鎌倉時代以降、武士が土地の管理や政治を担うようになります。室町時代の尾張では、国の軍事・警察を担う守護を斯波しば氏が務め、その仕事を現地で助ける守護代として織田氏が力を持ちました。

戦国時代になると、織田信長が清須を拠点に勢力を広げます。尾張の城や城下町は、政治や戦いの舞台になり、やがて全国の歴史とも深く結びついていきます。

室町時代
尾張の政治を担った二つの家守護の斯波氏と、守護代の織田氏。武士の役割や力関係も、時代とともに変わっていきます。
1555年
信長が清洲城へ織田信長が那古野城から清洲城へ移り、尾張での重要な拠点としました。
この時代の出典・参考資料

04

近世

安土桃山・江戸 / 16世紀後半〜19世紀後半ごろ

美濃路と木曽川が交わる起。人やものの往来を支えた、渡船場の記憶をたどります。

起渡船場跡の3D記録3D ARCHIVE / 05

起渡船場跡

江戸時代からの交通史 / 一宮市

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近世の歴史・背景を読む

戦国の争いを経て、江戸時代には尾張徳川家が治める尾張藩が成立します。徳川家康の命令で名古屋城が築かれ、清須から人や寺社などが移る「清須越きよすごし」が行われました。名古屋は、尾張の政治や商いの中心になっていきます。

一方、一宮の周辺では街道と市が人やものを結びます。木曽川と美濃路が交わる起おこしは宿場町としてにぎわい、一宮の「三八市」では日用品や綿織物が売り買いされました。

1610年
名古屋城の築城が始まる城だけでなく、武家屋敷・町家・寺社を配した新しい城下町もつくられていきます。
江戸時代
起宿と美濃路のにぎわい東海道と中山道を結ぶ美濃路。旅人が泊まり、川を渡る場所が、一宮にもありました。
この時代の出典・参考資料

05

近現代

明治・大正・昭和・平成・令和 / 1868年〜現在

織物づくりの工業化と、尾州産地の発展。工場や煙突は、まちの産業と働く人々の記憶を伝えます。

鋼製耐震煙突の3D記録3D ARCHIVE / 06

鋼製耐震煙突

明治時代・1908年竣工 / 一宮市

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D51形蒸気機関車の3D記録3D ARCHIVE / 07

D51形蒸気機関車

昭和時代・1943年製造 / 一宮市

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近現代の歴史・背景を読む

明治時代以降、織物づくりの工業化が進みます。一宮や尾西では、以前からの綿・絹織物に加えて、洋服に使う毛織物の生産が広がりました。動力で動く織機や、糸をつくる・染める技術が、産地の発展を支えました。

戦争による大きな打撃を受けながらも、戦後には生産が回復します。その技術は、今の尾州の織物へと受け継がれています。まちにのこる工場の建物や煙突も、そこで働いた人々の歴史を伝える資料です。

明治〜大正時代
毛織物の産地へ一宮周辺で織物の生産が近代化。尾西では大正時代中期に動力織機の導入が進みました。
現在へ
受け継がれる尾州の生地一宮を中心とする産地の生地は、国内外のファッションブランドにも使われています。
この時代の出典・参考資料

時代の区切りはおおよその目安です。各時代の詳しい説明と出典は「歴史・背景を読む」からご覧いただけます。

風景画像の出典・撮影情報

各時代にゆかりのある現在の史跡写真と、地域を描いた絵図を掲載しています。写真は当時の風景そのものではありません。冒頭の鳥瞰図は1936年の名古屋を描いたものです。背景では画像を画面に合わせてトリミング表示し、文字を読みやすくするために明暗を重ねています。画像自体の内容は変更していません。

地域と時代をつなぐ、デジタルフィールドワーク。

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